「もしからしたら、デコピン? Part 2」-17世紀オランダ絵画に描かれた犬

 

コーイケルホンディエ 

世界的に注目を浴びている大リーガー大谷翔平選手の愛犬デコピンは、コーイケルホンディエという犬種です。オランダ原産で、16世紀には鴨の狩猟犬として活躍していたと言われています。明るく活発、友好的で飼い主に忠実な性格のコーイケルホンディエですが、実は17世紀のオランダ風俗画にこの犬種ではないかと思われる犬が数多く登場します。今回は絵画の中で主人の傍で安心して過ごす犬たちを紹介していきます。




熟睡-ヘラルト・テル・ボルフ《音楽の稽古》 


図1 ヘラルト・テル・ボルフ
《 音楽の稽古》1670 年 油彩・カンヴァス、
63.6×50.4 ㎝ シカゴ美術館 
Image: The Art Institute of Chicago. (Public Domain)

肖像画家として知られるヘラルト・テル・ボルフですが、風俗画も手掛けていました。 《音楽の稽古》(図1)には楽譜を見ながらリュートを演奏している女性と指揮棒を振っている男性が描かれています。髪を綺麗に結上げた女性は毛皮の縁取りのあるケープと光沢のあるサテン地のスカートを身に付け、2頭式のリュートを持っています。机の上にはビオラ・ダ・ガンバらしき楽器も乗っています。部屋の奥に天蓋付きのベッドが置かれていることから、単なる師弟関係にある男女ではないことが示唆されています。このように男性が女性に楽器の演奏を教える場面が描かれた作品は多く残っています。その中で、椅子の上で熟睡する犬の存在は、貞操や安らぎを表しているようです。


うたた寝-ジェイコブ・オクターヴェルト《音楽の稽古》 


図2 ジェイコブ・オクターベルト
《音楽の稽古》》1671年 油彩・キャンバス
80.2 ×65.5cm シカゴ美術館
Image: The Art Institute of Chicago. (Public Domain)

ヨハネス・フェルメールに影響を受けたと考えられるジェイコブ・オクターヴェルトも《音楽の稽古》(図2)という作品を残しています。画面左側から差し込む陽光が、白いケープを被り黄色のドレスと着た女性を照らしています。この構図はフェルメールの作品にもよく見られます。男性は背後から光が当たっているため、顔は少し暗くなっています。女性はヴァイオリンを左手で持ち、机の上の楽譜を右手で持った弓で指しています。男性は 2 頭式のリュートを持ち、女性の顔に視線を送っています。当時の作品は男性が教える側で女性が習う側という構図が一般的でしたが、この作品は師弟関係が逆転しているようです。机の上にはヴィオラ・ダ・ガンバが置かれ、壁には地図が貼ってあります。楽器は愛や快楽を、地図は知識や知性を表していると言われます。女性と男性が音楽のレッスンをしている中、ビロード張りの椅子に座った犬は、暖かい陽光を浴びて、気持ちよさそうに目を閉じ、うたた寝をしているようで、二人の親密な関係が伝わってくるようです。


熟睡-ヤン・スーテン《恋煩いの少女》  


図3 ヤン・スーテン
《恋煩いの少女》1660年頃 油彩・カンヴァス、
86.4×99.1 cm、 メトロポリタン美術館
Image:The Metropolitan Museum of Art, Public Domain, via The Met Open Access

オランダの農民など下層階級の人々の生活を描いたヤン・スーテンの作品にも眠っている犬が描かれています。《恋煩いの少女》(図3)には、恋煩いで頭を抱える少女を診察している年配の医師とその様子を伺う黒い被り物をした女性が描かれています。17世紀のヨーロッパでは、恋煩いはれっきとした病気として扱われていました。医師は、左足を足温器に乗せた少女の手首を持って、脈を測っています。足温器は木製の箱の中に火のついた炭が入った陶器や金属製の容器を入れ、暖を取った道具で、恋煩いの隠喩として描かれていました。その他、床には火のついた炭が入った火鉢や穴の開いた鍋らしい物が置かれています。部屋の奥には天蓋付きのベッド、ドアの外には交尾している 2 匹の犬が描かれるなど、性的な意味を示すものも沢山描かれている作品です。そして、少女の傍らには、ふかふかのクッションの上で自分の足に顔を乗せ、ぐっすり眠る犬の姿があります。ここでは恋も煩っているうちは安全とばかりに少女の貞節を表しているのかもしれません。 


すやすや-ヤン・スーテン《身繕いする女》 


図4 ヤン・スーテン
《 身繕いする女》1663年頃 油彩・板、
37×27.5 ㎝ アムステルダム国立美術館 
Image: Mauritshuis, The Hague. (Public Domain)

ヤン・スーテンのもう一点の作品《身繕いする女》(図4)は、ベッドに座り、スカートをたくし上げ、右足の靴下に左手をかけている女性が描かれています。右手にはもう片方の靴下を持っています。敷物の上には散乱したスリッパやおまると思われる容器が置かれています。一見すると日常の一こまを描いた作品のようですが、オランダ語で靴下を意味する「kous」は性的な意味を持つ隠語であり、散乱したスリッパやおまるも性的な暗示とされています。この作品に道徳的な教訓が込められているとは言い切れませんが、男女の関係をイメージさせる作品のようです。この作品にも白い枕の上で体を丸め、安心しきった様子で眠る犬が描かれています。女性の貞操には目を瞑るという意味もあるのかもしれません。ただ、この犬からは、思わず、そっと撫でたくなるような愛おしさが伝わってきます。 


17世紀の犬たち  

このように17世紀オランダで描かれた男女の関わりをテーマにした風俗画には、デコピンの先祖と思われる犬がよく登場します。今回紹介した犬は、飼い主と同じ部屋で生活し、人と同等の扱いをされている様子が描かれています。とても大切にされていたという事が伝わってくるものばかりです。同じ17世紀後半、日本でも犬が大切にされていた時期がありました。徳川綱吉が「人々が仁心を育むように」と弱い立場の人や動物の保護を目的として「生類憐れみの令」を発布しています。動物については、特に犬を大切に扱うようにとのお達しでした。鎖国政策を取っていた当時、唯一貿易をしていたオランダと日本で、同じ時期に、意図や背景は違うものの犬が大切にされていたということは、思いがけない一致のような気がします。 


参考文献

  • 幸福輝、寺門臨太郎編集『アムステルダム国立美術館所蔵17世紀オランダ美術展 レンブラント、フェルメールとその時代』東京新聞、2000年」



著者プロフィール




新美 朋子
(にいみ・ともこ)

京都芸術大学大学院芸術研究科修士課程修了。
風景画や風俗画を中心とした17世紀オランダ美術を研究しています。


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