「もしからしたら、デコピン? Part 1 」-17世紀オランダ絵画に描かれた犬
世界的に注目を浴びている大リーガー大谷翔平選手の愛犬デコピンは、コーイケルホンディエという犬種です。オランダ原産で、16世紀には鴨の狩猟犬として活躍していたと言われています。明るく活発、友好的で飼い主に忠実な性格のコーイケルホンディエですが、実は17世紀のオランダ絵画にこの犬種ではないかと思われる犬が数多く描かれています。今回は絵画の中の犬たちの表情を紹介していきます。
後ろ姿が可愛い-ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》
図1 ヨハネス・フェルメール
《ディアナとニンフたち》1655-56年頃 油彩・カンヴァス、
97.8×104.6 ㎝ ハーグ、マウリッツハイス美術館
Image: Mauritshuis, The Hague. (Public Domain)
《ディアナとニンフたち》1655-56年頃 油彩・カンヴァス、
97.8×104.6 ㎝ ハーグ、マウリッツハイス美術館
Image: Mauritshuis, The Hague. (Public Domain)
《真珠の耳かざりの少女》や《牛乳を注ぐ女》などで知られているヨハネス・フェルメールの《ディアナとニンフたち》です。犬は月と狩猟の女神ディアナ(アルテミス)のアトリビュートなので、画面上に登場することは不思議ではありません。ニンフに足を洗ってもらっているディアナの傍らにちょこんと座っています。その後ろ姿が何ともけなげな感じがします。描かれている犬がコーイケルホンディエであるという記録などは残っていないため、想像でしかありませんが、ディアナやニンフは当時のオランダで着用されていた衣服を着ていますので、犬も当時、フェルメールの身近にいた犬種だったのではないかと考えられます。また、動物(哺乳類)が描かれているフェルメール作品はこの1点のみです。寡作な画家が描いたとても貴重な犬でもあると言えます。
見守る姿が凛々しい-ピーテル・デ・ホーホ
図2 ピーテル・デ・ホーホ
《女主人への支払い》1670 年頃 油彩・キャンバス
94.6×111.1cm メトロポリタン美術館
Image:The Metropolitan Museum of Art, Public Domain, via The Met Open Access
《女主人への支払い》1670 年頃 油彩・キャンバス
94.6×111.1cm メトロポリタン美術館
Image:The Metropolitan Museum of Art, Public Domain, via The Met Open Access
ヨハネス・フェルメールに影響を与えたと言われているピーテル・デ・ホーホの作品の《女主人への支払い》(図2)にも犬が描かれています。農家の納屋で身なりの良い男性が女主人と交渉をしています。二人の後ろには、我関せずと黙々と藁を束ねる男性と静かに休んでいる馬の後ろ姿が見えます。また、奥の部屋の窓辺には座って話しをしている二人の人物が描かれています。その部屋からは子どもを抱いた女性が二人の交渉を心配してか、歩み寄ろうとしているように見えます。犬も女主人を気遣うように傍で二人の交渉を見守っているようです。17世紀のオランダでは、男女の性的な関係を暗示する絵画が数多く描かれてきました。犬は忠誠や貞操の象徴とされていますが、裏切りを表すこともあります。この犬にはどちらの意味があるのでしょうか。
何か言いたげ-ヤン・スーテン《陽気な家族》
図3 ヤン・スーテン
《陽気な家族》1668 年 油彩・カンヴァス、
110.5×141 cm、 アムステルダム美術館
Image: Rijksmuseum, Amsterdam (Public Domain)
《陽気な家族》1668 年 油彩・カンヴァス、
110.5×141 cm、 アムステルダム美術館
Image: Rijksmuseum, Amsterdam (Public Domain)
ヤン・スーテンの作品にも同じような犬が描かれています。《陽気な家族》(図3)は、老若男女がハムやパンののったテーブルを囲み、お酒を飲んだり、楽器を奏でたりしている様子が描かれています。床にはフライパンや大皿、スプーンが転 がり、壁 には「 So de ouden songen, so pijpen de jongen」というオランダ語で書かれた紙が貼られています。「大人が歌うように、若者は笛を吹く」という意味で、子どもが親から模範となる振る舞いを学ぶことの重要性を示唆しています。子どもは家族の行動や価値観に影響を受けるというメッセージが込められているようです。この言葉が書かれた紙が剥がれかけているのは、この親たちの振る舞いは子どもに良い影響を与えていないと暗示しているのでしょう。そして、この作品に描かれた犬は、右手にグラス、左手にヴァイオリンを持つ老人に向かって何か言っているようです。主人と一緒に歌っているのか、それとも忠告をしているのか。
二匹の忠犬-ハブリエル・メツー《猟師の贈り物》
図4 ハブリエル・メツー
《猟師の贈り物》1658-60年頃 油彩・キャンバス、
51×48㎝ アムステルダム国立美術館
Image: Rijksmuseum, Amsterdam (Public Domain)
《猟師の贈り物》1658-60年頃 油彩・キャンバス、
51×48㎝ アムステルダム国立美術館
Image: Rijksmuseum, Amsterdam (Public Domain)
フェルメールやヤン・スーテンから影響を受けたと言われるハブリエル・メツーの作品にもコーイケルホンディエではないかと思われる犬が登場しています。《猟師の贈り物》(図4)では訪ねてきた男性が狩りで仕留めた鳥を女性に差し出しています。鳥には性的な意味があるとも言われています。二人の後ろの棚の上にはキューピットの像が置かれており、二人の関係を暗示しています。女性は机の上にある祈祷書に手を伸ばそうとしているようです。そして、床には仕留められた鴨と男性の猟銃、脱ぎ棄てられた女性の靴が置かれています。男性の横に付き添っている犬は狩りのパートナーで、女性が手をのせているテーブルの上にいる犬は女性の飼犬でしょう。男性が連れている犬は忠誠を、女性の傍にいる犬は貞操の象徴なのかもしれません。
絵画の中の犬たち
このように17世紀オランダの風俗画には、犬が描かれている作品が沢山あります。描かれた犬がもしかしたらデコピンの先祖かもしれないと考えると、より楽しく絵画を見ることができるのではないでしょうか。どの作品も毛並みがしっかり分かるほど細密に写実的に描かれています。また、室内で過ごす犬の様子が描かれていることから、鴨の狩猟犬としてだけでなく、現在の私たちと同じように家族の一員として犬は大切にされていたと考えることができます。 ただ、話題のコーイケルホンディエは、第2次世界大戦の時期に絶滅の危機に瀕した犬種でもあります。1942年にオランダの男爵夫人によって復興が図られ、現在は、オランダでも数が回復し、多くの犬が家族の一員として過ごしています。
参考文献
- 幸福輝、寺門臨太郎編集『アムステルダム国立美術館所蔵17世紀オランダ美術展 レンブラント、フェルメールとその時代』東京新聞、2000年」
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メタ美術史研究所とは
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