異端の印象派画家カイユボット -見られる対象としての男性を描いた画家の展覧会



19世紀フランス絵画では、一般に「見る主体=男性」「見られる対象=女性」という視覚的秩序が支配的であった。こうした中で、ギュスターヴ・カイユボットは、同時代の印象派画家とは異なり、私的空間でくつろぐ男性や労働する男性、身体を拭う男性など、男性像を繰り返し描いた点で特異な存在である。豊かな家庭環境により作品販売に依存する必要がなかった彼は、兄弟や友人、身近な人物たちの親密な姿を率直に描き出した。2024年には没後130年を記念し、オルセー美術館、ゲティ美術館、シカゴ美術館の3館による世界巡回展が開催され、彼の作品における男性表象が新たな視点から注目された。本稿では、この展覧会を手がかりに、カイユボットの男性像が持つ意味と、それをめぐる現代のジェンダー論や美術史解釈の議論について考えてみたい。




画家カイユボットと男性像

印象派展に積極的に参加していたギュスターヴ・カイユボット(1848-94)は45歳の若さで早世したが、500点以上の作品を残している。
そのうち男女を描いたものが17点、女性のみを描いたものが32点。男性のみを描いたものは100点以上もあった。当時の印象派画家仲間のドガやルノワールなどは、女性を見られる存在として繰り返し描いており、男性のみを描くことは注文がない限りほぼなかった。

カイユボットは軍需産業で富を築いた父親の莫大な遺産を受け継いだ新興ブルジョワジーで、絵を売る必要がなかったこともあり、主題を比較的自由に選択することが出来たという背景がある。

カイユボットは同性である男性を繰り返し描いた。オシャレに身なりを整えポーズを取っている肖像画だけではなく、生活の中で非常にリラックスした身内にしか見せない表情や姿勢などが見られるのは当時としては珍しい。

コレクターとしての見る目も持っていたカイユボットは印象派仲間の絵画を購入し、28歳の時、フランスで最高峰の国立美術館(ルーヴル美術館)に遺贈したいという遺書を書いた。それは実際に現在のオルセー美術館の印象派絵画の主要なコレクションの一部となっているが、その中にカイユボットの作品は含まれていなかった。

彼の作品がすべて家族に残されているのは、彼が100年もの間忘れられた画家となった理由の一つでもある。しかし《床を削る人々》(1875)がサロンに落選し、悔しく思った彼は印象派展で自分たちの絵画が認められることを懇願していたにもかかわらず、公開しなかった。カイユボットの作品はそれほどまでに個人的なものでもあったともいえるだろう。作品を丁寧に見ていくと身近で親密な関係とも読み取れる登場人物も少なくない。

19世紀フランスにおいて、見る主体を男性に、見られる身体を女性に割り当てる視覚的秩序が、当たり前とされる前提として長く機能してきた構造が社会の中にあったことが、19世紀絵画に読み取れると言われている 1

横たわる裸婦、室内で読書や裁縫をする女性像はその典型であり、カイユボットと親交のあった印象派画家仲間のエドガー・ドガ(1834-1917)やオーギュスト・ルノワール(1841-1919)の作品の中にもよく表れていると言えるだろう。

こうした構図の中で、カイユボットが描いた新聞を読む男、入浴し身体を拭う男、ピアノを弾く男、私的な空間でくつろぐ男性像は、当時の美術制度やジェンダー規範に対して静かな疑問符を投げかけたのではないだろうか。


カイユボット《男の肖像》
(1880年、キャンバス油彩、81.3×65.6㎝、クリーヴランド美術館蔵 筆者撮影)


カイユボット《リシャール・ガロの肖像》
(1878年、キャンバス油彩、81×65㎝、個人蔵:ローザンヌエルミタージュ美術館寄託 筆者撮影)


カイユボット《本を読むウジェーヌ・ドフレーヌ》
(1878年、キャンバス油彩、100×81㎝、個人蔵 筆者撮影)


カイユボット《風呂場の男》
(1884年、キャンバス油彩、144.8×114.3cm、ボストン美術館蔵 筆者撮影)


男性像がテーマの大規模なカイユボット展

2024年はカイユボットの没後130年を記念した、約1年間にわたる世界巡回展が開催された。10月8日より翌年1月19日までオルセー美術館で、タイトルは「男性を描く(Peindre les hommes)」。その後2025年2月25日から5月25日までロサンゼルスのゲティ美術館で同じく「男性を描く(Painting Men)」のタイトルで、続いて代表作《パリの通り、雨》のあるシカゴ美術館へと移ると、今度は「彼の世界を描く(Painting His World)」のタイトルで6月29日から10月5日まで行われた。

近年のカイユボット展と言えば、例えば2012年のドイツ、フランクフルトのシルン美術館の「ギュスターヴ・カイユボット 印象派と写真」や、2013年のブリヂストン美術館の「カイユボット展 都市の印象派」、2016年のジヴェルニー印象派美術館の「カイユボット 画家、庭師」、2019年のベルリンのアルテ国立美術館の「カイユボット展」、2021年にスイスのマルティニー美術館の「カイユボット展 印象派と近代」などが開催されたが、どれも印象派画家としてのカイユボットを紹介するものや、カイユボットの現代性、改造後の都市パリ、写真がテーマの中心であった。カイユボットの作品は印象派の中でも特異な面を持っていたが、ジェンダーの側面に触れるような展覧会はこれまで行われてこなかった。

今回は、オルセー美術館、ゲティ美術館、シカゴ美術館のキュレーターが共同で展覧会を企画した。きっかけはオルセー美術館がLVMH(モエ、ヘネシー、ルイ・ヴィトン)の協力のもとで2022年に購入した《船遊び》(1877-78)だった。オルセー美術館のポール・ペランは「ボートを漕ぐ男性を見る視線がこれまでになかったものであり、他のカイユボット作品の構成を見直した」という。現在も多くの作品が遺族を中心とする個人蔵であるため、これまで見られる機会は少なかった。2021年にはゲッティ美術館が《窓辺の若い男》(1876)を購入したこともあり、3館協力の巡回展となった。

オルセー美術館の入場者数は58万人だった。前年の同じような時期に行われた「ヴァン・ゴッホ オーヴェルシュルオワーズ 最後の一か月」という展覧会ではオルセー美術館の企画展史上最高の79万4000人の入場者数を記録したが、マイナーなカイユボットが58万人を記録したのは大変なことだと思う。ゲティ美術館と、シカゴ美術館は入場者数を公表していない。しかし、SNSの投稿も多くイベントや講演会も大盛況だったようだ。

各美術館のカイユボット展に使用し、展示された作品数は、オルセー美術館では約70点(絵画のほか、パステル、素描、写真、資料等)、ゲティ美術館では約100点(絵画とデッサン)、シカゴ美術館では120点以上(絵画、素描、写真、エフェメラなど)だった。

展覧会の構成については、オルセー美術館は次のようになっていた。

イントロダクション
第1章 「カイユボットと軍隊」
第2章 「ギュスターヴと兄弟」
第3章 「労働と作品」
    関連展示「カイユボットと紳士服Ⅰ」
第4章 「街は私たちのもの」
    関連展示「カイユボットと紳士服Ⅱ」と地図
第5章 「バルコニーの男たち」
第6章 「独身者の肖像」
第7章 「裸体を描く」
第8章 「カイユボットとスポーツマン」
第9章 「〈アマチュア〉の楽しみ」


カイユボット展の様子① 筆者撮影

「カイユボットと紳士服」のコーナー① 筆者撮影

「カイユボットと紳士服」のコーナー② 筆者撮影

カイユボット展の様子② 筆者撮影

プレスリリース記事の比較

それぞれの美術館はどのように展覧会をプロモーションしたのか。以下はプレスリリースからの抜粋である。

オルセー美術館

2024年秋にオルセー美術館で開催される展覧会は、ギュスターヴ・カイユボットの男性像と男性の肖像画への強い関心を主題とし、美術史が19世紀の男性性にもたらした新しい視点というプリズムを通して、この芸術家の傑作の急進的な現代性に疑問を投げかけることを目指しています。

ゲティ美術館

フランスの画家ギュスターヴ・カイユボットは、男性を題材とした作品に強い関心を寄せ、印象派の同世代の画家たちとは一線を画しています。彼は、兄弟、独身の友人、スポーツ仲間、近隣の労働者や中流階級の人々など、人生における男性たちを徹底的に観察し、描写しました。そしてその描写は、芸術規範やジェンダー規範をしばしば覆す刺激的で独創的な絵画作品に表れています。

シカゴ美術館

カイユボットは印象派の画家として知られながらも、同時代の画家たちとは異なる独自の視点を持ち、都市空間、近代的生活、そして人間の身体、とりわけ男性像を主題として描きました。彼の作品では、オスマン改造後のパリの街路、室内にたたずむ男性、労働者、スポーツに興じる人物など、19世紀後半の社会と日常が鋭い構図感覚と写実的な眼差しによって捉えられています。


オルセー美術館は、カイユボットの男性主題が当時いかに斬新であったかを考えさせるような問いかけで、ゲティ美術館はさらに積極的にジェンダーについて語ろうとしている。それに対してシカゴ美術館は直接的な文言を避け、カイユボットの男性以外の主題にも焦点を当てている。同じアメリカであっても展覧会への姿勢が異なることが見える。

こうした姿勢の違いは施設の違いにも大きく関係している。

オルセー美術館は国立の19世紀美術の作品を管理する教育機関であり、文化庁の管轄である。描いた画家本人のホームで、19世紀という時代がどのようであったかに力点をおいているように見える。

ロサンゼルスは、同性愛に比較的寛容なカルフォルニア州にあり、ゲティ美術館は財団による研究・展示機関であるということもあり、実験的かつ現代的な理論を積極的に取り入れ、ジェンダーに関する問いを投げかけることも自然に行われる。

シカゴ美術館は、企業や市民の寄付を基盤とする非営利法人の私立美術館であるため、公共性が高い。ゲティ美術館とは異なり、意図的にジェンダーに関する問いかけを避けているように見える。展覧会タイトルも「彼の世界を描く」に変え、物語性を重視したようだ。ただしイベントではジェンダーに関する議論も活発になされた。

オルセー美術館の「裸体を描く」の展示パネルにはこうあった。

「これらの作品は、あまりにも秩序を揺るがすようなものだったのだろうか。実際、洗面、入浴という主題自体は新しいものではない。しかし、女性モデルの代わりに男性を、そしてその親密な空間を、背中を向けた無防備な姿で描き、鑑賞者をのぞき見の立場に置き、さらにはその身体の解剖学的構造を視線と享受の対象として率直に差し出すことは、当時の慣習を打ち破る行為であった。」



ジェンダー論と展覧会をめぐって

今回のカイユボット展をめぐる新聞、雑誌、ネットメディアの記事は、どのようなものだったのだろうか。

この展覧会はオルセー美術館が働きかけて企画されたものであるが、アメリカの新聞社や雑誌記事が、現代の議論として自然に受け止めたのに対し、フランス大手の新聞社はやや保守的な立場を示した。

フィガロ紙は「オルセー美術館のカイユボット展は、アメリカの共同主催者たちの影響下で、『画家の男性性』というテーマに焦点を当てた。作品理解よりも現代のジェンダー理論を優先していないか。」という趣旨の批評をした。

以下は本文の一部である。「アメリカ人キュレーターたちは、カイユボットを「男性のまなざし(male gaze)」を暴く偉大な先駆者と位置づける。これは時代錯誤であり、本来「不確定性」の芸術である彼の作品を過剰解釈している。カイユボットは、印象派以外の何ものにも奉仕しなかった共和主義者である。彼の絵画は、道徳や階級を賛美も批判もしない。解説パネルはしばしば画家の私生活へと話題を戻し、時に同性愛的傾向を示唆する。しかし、例えば、ヨット競技者でもあった彼が、プティ=ジュヌヴィリエの邸宅に水夫を住まわせていたことを知って、何が重要なのだろうか。作品を見よ。絵画は目の前にある。推測するより、見るべきだ 2。」

フランス大手新聞社3社、ル・モンド、ル・フィガロ、リベラシオンの中では、フィガロは唯一の保守的なメディアである。しかし一番リベラルなリベラシオン紙も次のようにジェンダー問題を強調するアメリカからの影響に疑問を呈している。

「裸体の男が身体を拭いている。ドガやボナールが描いた水浴の女性像を思わせるが、

《風呂場の男》における背中から見た大きく筋肉質な身体と引き締まった臀部は、当時として比類ない大胆さと生々しさを持つものだ。画家の手は、眼が切り取るものすべてを表現する。

作品は忘れがたく、あまりに非アカデミックであるがゆえに、ジェンダー研究者たちはそこに同性愛の徴候を読み取る。しかし女性と共に暮らしていたカイユボットがゲイだったという証拠はない。

そして実際は、どちらでも良いのだ。印象派の遺贈者という役割に長く還元されてきたこの画家の正当な再評価は、1970年代に始まった。その後、ジェンダー研究という装甲艦が大西洋を渡って上陸した。

それはカタログやキャプションを通じて、今回のオルセー展を方向づけている。

こうして私たちは、新たな偏見を通じて、19世紀的な道徳心理学へと連れ戻される。

作品は、芸術家の社会的・私的生活というブーツで踏みつけられ、風紀取締りと政治的裁きの名のもとに、秘密と罪を白状させられる。カイユボットならおそらく微笑し、筆を置き、そして実際そうしたように、花と船へ戻っていっただろう 3。」

1990年代にニューヨークで設立された、アメリカ発の美術専門メディア兼アート市場プラットフォームであるアートネットの記事では、フランスの批評家が、カイユボット作品にジェンダーを読むことはアメリカのジェンダー美術史の影響だと発言している。それに対してアメリカサイドの展覧会の共同企画キュレーター、スコット・アランとグロリア・グルームが、「パリ発のアイデアでしたし、押し付けているのではありません。」と答えている。19世紀の作品をどこまで現代理論で読むべきか、美術史におけるジェンダー研究の適切な距離感とは何かをめぐる、フランスとアメリカの方法論の衝突を象徴している。とし、読者に問いを投げかけている 4

以下は1962年創刊のアメリカの現代美術専門誌のアートフォーラムの2025年5月の記事である。

「オルセー美術館の本展は、印象派がしばしば若い女性や子どもを描く運動として理解されてきた従来の枠組みの中で、カイユボットに見られる男性表象の偏重がいかに特異な位置を占めるかを明らかにした。男性を描く行為は、ときに男性への欲望の表象として受け取られてきた側面があり、《浴室の男》(1884)のような作品には、従来から同性愛的含意が読みとられてきた。本展はこうした解釈の可能性を明確に排除することなく提示したが、それに対し、フィガロ紙の批評家は、展示が「アメリカ的」なジェンダー/クィア理論の影響を過度に受けているとして反発を示した。しかしこの批判は、本展がフランスのオルセー美術館によって構想されたものであること、さらにフェミニズムやセクシュアリティ理論が、エレーヌ・シクスー、ミシェル・フーコー、ギ・オクガンエム、リュス・イリガライといったフランスの思想的伝統に大きく依拠してきたという歴史的事実を看過した議論であると言わざるをえない 5。」

これらの前衛的なジェンダー思想家がフランスにはいるのにもかかわらず、伝統的な考えを守っていることは残念だということらしい。


カイユボット展の意義

カイユボット展は、彼の作品を通じて「何が見えるか」を私たちに突きつけるものだった。

とりわけジェンダーの問題を軸に据えた議論は、カイユボット以外の作品解釈の方法そのものを更新しつつあり、そのこと自体に大いにカイユボット展の現代的意義がある。

カイユボット展を、ゲティ美術館やアメリカメディアが積極的にクィア・スタディーズの文脈で読み解く一方で、フランスでは、オルセー美術館が発信したアイデアであったものの、フランスメディアがカイユボットの作品をジェンダー論に持ち込むことや、カイユボットの私生活を探ろうとすることに関して、批判的な見方をした。

そしてカイユボットの作品は奥深く、様々な側面や要素がある故にもっと作品を観ることを提案した。

今回カイユボット展を通して各美術館やメディアの違いが大きく目に見える形となった。

また、現在の私たちが抱えるジェンダーや身体、視線の問題を、19世紀という歴史的距離を通して考え直す機会となった。伝統を重んじるフランスも、ジェンダー論を先導してきたアメリカも、決して固定された存在ではなく、世界は確実に変わり続けている。

そしてオルセー美術館では《イーゼルの前の自画像》(1879)がまた新たなコレクションに加わり、2026年1月に展示された。カイユボットは様々な面において新しい画家であった。カイユボットが当時の社会に投じた一石は、現在以上に大きかったに違いない。カイユボットの絵画には、まだまだ新たに発見される要素や側面あるだろう。

カイユボット作品は今なお静かに語り続けている。 

 (奈良幸世)



カイユボット《イーゼルの前の自画像》
(1879年、キャンバス油彩、90×115㎝、オルセー美術館蔵 筆者撮影)


カイユボット《アンリ・コルディエの肖像》
(1883年、キャンバス油彩、65×81.5㎝、オルセー美術館蔵 筆者撮影)



注記
  1. 1970年代の英米におけるフェミニズム運動の中で、ローラ・マルヴィ は、「見る主体は男性であり、見られる客体としての女性がいて、その視線は快楽と権力による「男性のまなざし」である」とその映画理論で論じ、この論点はグリゼルダ・ポロックやリンダ・ノックリンらの論文により19世紀フランス絵画においても応用された。

  2. エリック・ビエトリ=リヴィエール「展覧会評:オルセー美術館における「男性像の詩人」としてのカイユボット」ル・フィガロ紙2024年10月7日

  3. フィリップ・ランソン「オルセー美術館で──画家ギュスターヴ・カイユボット、「男性」にそっと触れる」リベラシオン紙2024年10月18日

  4. デヴォラ・ラウター「フランスの批評家たちが、有名な印象派画家がゲイだったかもしれないという示唆をめぐってアメリカのキュレーターと口論している」2024年11月8日news.artnet.com

  5. ジェームズ・マイヤー「バチェラーマシン:パリオルセー美術館におけるギュスターヴ・カイユボット」ArtForum.com(ArtForum Vol.63 No.9  May2025)

    エレーヌ・シクスーは「エクリチュール・フェミニン(女性的書法)」を提唱し、言語・身体・性差の関係を根本から問い直したフランス・フェミニズムの中心人物である。

    ミシェル・フーコーは『性の歴史』などで性は自然なものではなく、権力によって作られると示し、クィア理論・ジェンダー研究の土台を作った。力関係による型が社会の側に作られ、その枠組みの中で振る舞うことになるという理論である。

    ギ・オクガンエムは、同性愛を「逸脱」ではなく政治的・社会的問題として論じ、フーコーと並ぶフランスの同性愛理論の先駆者である。
    リュス・イリガライは、男性中心的な哲学・言語を批判し「女性は男性の欠如ではない」という思想を展開した。


著者プロフィール

奈良 幸世
(なら・さちよ)

京都芸術大学大学院芸術研究科修士課程修了。
研究分野は19世紀フランス美術。とくに印象派グループに属した画家 ギュスターヴ・カイユボット を主な研究対象としている。

【これまでの主な論文】

  • 『カイユボット《パリの通り、雨》と第三回印象派展』
  • 『カイユボット作品における都市 ―通り・窓・バルコニーという主題―』



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メタ美術史研究所とは

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